生きるぼくら

どーもBJRYOです







今回紹介するのはこちら


生きるぼくら.jpg





原田マハ著

『生きるぼくら』です




前回紹介した水野敬也さんの
『夢を叶えるゾウ3〜ブラックガネーシャの教え〜』
(気になる方はタイトルからリンクに飛んで読んでみてください)


と同じ時期におすすめしていただいたので、熱が冷めぬうちにと読み進めたこちらの本ですが、
ハッキリ言います。






この本はめちゃくちゃ読む人を選びます!







二日かけて猛烈な勢いでちゃんと読み切ったぼくはそう感じました。
読み終わってすぐ書いてるわけじゃなく、少し頭の中で熟成させて「やっぱりそうだよね」と改めて思って発言してます。


ではどんな人を選ぶ本なのか。
その対象は・・・





「都会に住む」「若者」向けの本です!







いいですか?
この『生きるぼくら』という本は、「都会の」「若者」ならば前情報とかなくても必ず読み終わった後に何かを得ることができます。
でもそれ以外の方は読む前にこれからBJが伝えることを知っておかないと、読み終わっても読む前の自分と何も変わらずガッカリしてしまいます。





じゃあなぜBJはそう思ったのか。
まずはあらすじを紹介しましょう。





あらすじ



主人公「人生(じんせい)」はいじめをきっかけに引きこもり生活をしていた。
離婚した母と二人で生活する古いアパート。その一室が人生の全てになっていた。
しかしある日、そんな母が家を出ていってしまう。
「家賃と携帯代は払い続けます。困ったことがあったら年賀状の主に相談してみてください。」と書いた置き手紙と少しばかりのお金。そして、数枚の年賀状を残して。
人生はその中の一枚に、両親がまだ離婚する前、少年時代に大好きだった長野の蓼科(たてしな)に住むおばあちゃんの名前を見つける。
父も母もなくし、孤独になった人生は蓼科に住むおばあちゃんの家を訪ねる。
そこにいた謎のおかっぱ頭の少女。
やがて人生、少女、おばあちゃんの奇妙な共同生活が始まり、人生たちは認知症を患うおばあちゃんのためにお米作りを買って出る。
お米作りを通して、そして蓼科という場所を通して成長していく人生。
三人はその過程で何を思うのだろうか・・・






というのがざっくりしたあらすじです。
ここまで言うともうなんとなくわかるかもしれませんが、そうです。


この『生きるぼくら』という本は、”蓼科という相当な田舎で、若い子がほとんど知らないお米作りを通して成長していく人間”の物語なんです。



そして主人公「人生」は、都会に住む若者です。



さあ、もうここまで言ったらわかりますよね。
主人公や語り手に感情移入しながら読み進めていくと、「田舎に住む」「中年からお年を召した方」にはなんの発見もないんです。



この物語の主な舞台は長野県の蓼科という場所。
八ヶ岳連峰を望む昔ながらの茅葺き屋根の家です。


それを読んだ都会の人たちは「ああやっぱり田舎っていうほど悪くないのかな」と、原田マハさんの情景が浮かぶような文章に想いを馳せ、脳内に蓼科の雄大な自然を想像できて楽しめます。

さらに昔ながらの民家での生活描写には、現代の一軒家には見当たらない魅力的な箇所が沢山でてきます。


更にさらに、普段当たり前のように食べている”お米”にどれだけの人の手が掛かり、どれほど手間暇をかけて大事に大事に育て育んできているのかを知れます。

そしてその過程で、都会から出てきた若者たちは、米作りを通して人生を学んでいく。




我々が普段手にしている全ての物には、それを作った人がいて、届けてくれる人がいて、それを売ってくれる人がいる。
高度テクノロジーの発展目覚しい現代を生きるわたしたちは、「より早く・より安く・より楽に」それらを手にできるようになりました。
日本という国に住んでいるのなら尚更、それらを実感しているはずです。

そんな、”あって当たり前”の代表格が食物であり、その中でも特に日本に住む我々の身近にあるのが”お米”です。



認知症のおばあちゃんは言います

「今の農業は年々衰退していっている。高齢化や後継者不足に伴い、農業も機械化が進んでるよ。それは仕方のないことだし、便利になるのはとても良いことだ。でもね、だからこそわたしは『自然の田んぼ』でお米を作りたいんだよ。苦労は倍だし作業効率も悪い。それでも、自然の中で、わたしたちだって自然の一部だ。そんな自然だけでお米を作りたい。」のだと。(BJなりにまとめてます)


進歩が目まぐるしい今を生きる人たちは、その時代を生きるために毎日を忙しなく生きている気がします。
そんな中で、自然と共に生きる本の中の登場人物を見ることで、一度立ち止まり今の自分を省みる機会になるかもしれない。

『生きるぼくら』という本を読んで、原田マハさんのそんな想いをぼくは感じました。








とここまで書きましたが、今言ったことを、じゃあ蓼科くらい田舎に住んでる人が読むとしますよね?


そしたら「いや自分の家も似たようなもんだし。山なんて嫌というほど見えるし。何が珍しいの?」ってなります。


「自然の田んぼ」というのは珍しくて(お年召した方だと懐かしいになるのかな)米作りそのものが、若者には、普段当たり前だと思っていたことがそうじゃないんだと気付くきっかけになります。

でも米作りを経験したことのある世代。小さい頃から日常的に米作りと接していた世代の方が読むとしますよね?


そしたら「そうだよ。米作りってのは大変なんだよ。当たり前だなんて思ってたら罰が当たる。」って既に思っていらっしゃいますよね。






これ、田舎の方と若者以外の方が読んでも、単なる確認作業だよね・・・


と読み終わってから思ったからこそ、BJは冒頭であんなに大それた発言をしたんです。






だからこそこの原田マハさんの『生きるぼくら』という本をこれから読もうと思っている方には、次のことを言っておきたい。



・この本を読むことで得られるものは沢山あります。ですがそれを得られるのは「都会の」「若者」だけです。
・そうでない方で読まれる方は、「やはり自分の住んでいるこの場所は素晴らしい」「自分が今もなお大切にしているこの考え方は、やはり尊くて大事にしていかなければならない」ということを再確認することができる本です。





全編通して原田マハさんの文章には、ストレスを感じるところが少なく、分厚いなと敬遠してる方でも意外とすんなり読めるんじゃないかと思います。
そして、情景描写が短くまとめられている上に想像しやすいです。
前半のいじめの部分は本当にリアルで、いじめっ子にまじで腹立つくらいです。




読めてよかった。
そして読み終わってから一発目のご飯は、もちろん梅のおにぎりでした。








感想






ということでいかがでしたでしょうか。

原田マハ著
『生きるぼくら』の紹介でした。




一番読者として向いているのは、田舎から上京してきて都会の喧騒に塗れ呑まれ、毎日満員電車に揺られ上司に頭を下げて、コンビニのおにぎりとカップ麺ばかりでまともな食事を久しくしていない、「何やってんだろ、おれ。」って言ってる人かなあ。


とにかく面白いことは間違いない!
でも読者は選びます。
それによって感想は変わるし、得られるものも大きく変わると思います。



改めてこの場で、おすすめしてくれたあなたへ感謝します。
良い本を教えてくれて本当にありがとうございました。

そしてもしこのブログを見て読まれた方は、何を感じ何を思ったのか教えてください。
それであなたの居場所と年齢が大体わかります笑




と最後の最後まで敵を作りつつ、
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
この本があなたの何かを変える本になりますように。



以上BJRYOでした。


この記事へのコメント

  • Taji

    👏👏👏👏👏
    2020年01月28日 10:28